英国紅茶のはじまり|中産階級、大衆へ広がる国民飲料

英国紅茶のはじまり 中産階級、大衆へ広がる国民飲料 tea

1800年代初頭の英国ビクトリア時代 、富ある者と貧しい者の真ん中あたりを示す層は英国中産階級(新興中産階級)で、社会構造の変化に伴い、その数は次第に増えていったとされた時期は、英国を支えた層でもあったようです。

その時の様子はどのようなものだったのでしょうか。興味深いと思います。

勢いを増す喫茶文化

産業革命と階級の関係

英国紅茶のはじまり 中産階級、大衆へ広がる国民飲料

歴史の授業では当然のことながら、人類史に必ず出てくる産業革命は英国での発祥ということは習ったと思います。

その産業革命は、階級の区分にも影響を及ぼしました。

国王、地主貴族から独立した自営の農民まで(持っている土地の広さも関係した土地所有者たち)が、産業革命前までジェントルマン階層だったのですが、産業革命の時代に入ると、高級専門職に関わる人たちも加わっていったのです。

聖職者、内科医、陸海軍士官といった、宗教や医者、軍事、行政といった専門家らもジェントルマン層に位置付けられます。

さらに19世紀後半には、教師や教授、俳優、文筆家、音楽家などもジェントルマン層に含まれるようになり、ビクトリア朝の英国の繁栄を支えたのだそうです。

JIKUTA
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ジェントルマン層としての体面を保つことが、社会的な意義として認められていたんですね。

礼儀や品格も

ただ、ジェントルマン層と聞くと、偉そうにしている、他者を見下すといったイメージも少なからずあります(笑)

もちろん全員が全員そうではないでしょうが、当時のスノッビズムという上流ぶった欲物的精神が及ぼすものは、ネガティブなことばかりだったわけでもないようです。

ジェントルマン層であることは、他人から尊敬されるような品格や人格を形成していることが前提である生活様式が理想とされており、散歩やティーガーデンへは家族で出かけて、家族の幸せを求めていくといったものだったのです。

見方によっては賛否があるかもしれませんが、アフタヌーンティーなどの喫茶習慣を、世界各国への進出において新設する事業にも貢献したのだそうです。

JIKUTA
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祖国(英国)と同様の文化や生活様式を定着させていったようですね。故にその影響を色濃く残しているところもありますよね。

庶民階級

産業革命は庶民階級の人たちにも影響を及ぼし、農家や貧しい人たちも茶を飲めるようになりつつありました。

ただ、実際のところ、ジェントルマン層のように普通に飲めたというわけではなく、出し殻を再度乾燥させたものや、売れ残って古くなったもの、密輸入したもの、偽物、別の植物が混ざったものなどが普及していたのではないかと想像されているようです。

明確な喫茶の文化や習慣ははっきりしていないものの、英国における砂糖入りの茶に関しては、18世紀に入ったころにようやく上流階級に伝わり、その上流階級の真似を中産階級をして広がり、西インド諸島での砂糖プランテーションの成功、英国産茶道具の量産、茶の輸入税の引き下げもあり、庶民階級への広がりにもつながっていったのです。

JIKUTA
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庶民階級が、砂糖を入れ、本当に自由に紅茶が飲めるようになったのは、実際には19世紀後半と言われています。
ティーポットの普及も同時期らしく、なんだかんだで一般庶民にはなかなか手の届かなかったものだったんだなと感じます。

飲料の主役になった紅茶

英国紅茶のはじまり 中産階級、大衆へ広がる国民飲料

こうして英国の国民飲料は、エール(ビール)やジンでしたが、紅茶の登場でその座は入れ替わることになりました。

禁酒や節酒、インド・セイロンの英帝国紅茶を飲もうといったようなキャンペーン、産業革命や社会的変化など、様々な影響があったということです。

また、紅茶王と称されるトーマス・J・リプトン卿(リプトン紅茶で有名)の活躍もあり、上流階級から大衆へと広がっていきました。

植民地ではあるものの、自国生産、安定供給、品質向上、衛生的な包装といったことがさらなる紅茶の消費量が、英国社会のあらゆる階層に親しまれ、国民的飲料として主役の地位が確立されたのでした。

JIKUTA
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サー・トーマス・リプトンは、英国の紅茶ブランド「リプトン」の創業者ですね。
茶園からそのままティーポットへ 」というキャッチフレーズは有名です。

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