【紅茶ヒストリー】紅茶といえばイギリスとなったはじまり

紅茶ヒストリー 紅茶といえばイギリスとなったはじまりについて tea

紅茶のはじまりについては、前回の記事をご覧ください。

では、昨今イメージが定着している紅茶といえばイギリス、というのはどういった経緯だったのでしょうか。

「茶」はイギリスが初ではない

紅茶ヒストリー 紅茶といえばイギリスとなったはじまりについて

中国の「」がヨーロッパに初めて上陸したのは1610年のことです。

イギリスではなく、オランダのハーグに運ばれました。

オランダの次に渡ったのがイギリスです。

コーヒーハウスのギャラウェイというところに中国茶が置かれました。

時期的には1650年代で、コーヒーハウスが急速に増えていった時期でもあり、3分の2の輸入が緑茶、残りが紅茶で、高硬度の水の影響もあり、次第に紅茶へ移行していきました。

JIKUTA
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ヨーロッパにおける「茶」のはじまりの順番は、
オランダ→イギリスなんですね。

キャサリン王妃

イギリスに紅茶をもたらしたことを話す場合、避けては通れない人物がいます。

キャサリン・オブ・ブラガンザ

※資料によっては、”ブラカンザ”や”ブラガンサ”といった表記もあるようです。

です。

イギリスに紅茶をもたらした王妃として有名です。

キャサリン王妃は、ポルトガル国王ジョアン4世の次女です。

1662年、君主制が再び旧体制を復活させる王政復古を果たしたチャールズ2世に嫁いだ際、紅茶文化云々ではなく、自分の健康のために茶を持ち込んでいます。

紅茶といえばイギリス

紅茶ヒストリー 紅茶といえばイギリスとなったはじまりについて

キャサリン王妃がイギリスに紅茶文化をもたらした重要人物ではありますが、大々的に宣伝をしたというわけではありません。

チャールズ2世はかなりの浮気者だったことから、嫁いだとはいえ、それほど幸せではなかったようです。

淋しさをまぎらわすために、日に何度も茶を飲んだともいわれています。

ただ、当時はその茶は珍しく高価であり、キャサリン王妃を訪ねてくる客人や貴婦人に振る舞ったことから次第に有名になり、貴婦人たちから羨望のまなざしを向けられていきます。

そこから1日に1回は中国の美しい器で、茶を嗜む優雅な時を過ごすという欲望が高まり、「貴婦人に相応しい飲み物=茶」という考えが広まっていったことがイギリスといえば紅茶、紅茶といえばイギリスといったイメージの発端なのだそうです。

JIKUTA
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文化はその地域や国に根付いてこそ文化とも言える面があると思います。紅茶に魅力を見出した文化が根付いた結果なんでしょうね。

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